フリーター生活からの貧乏転落

私が20代前半の時です。

私は新卒で入社した会社を4ヶ月で退社し、次に入社した会社も1年で辞めました。

その後は短期のアルバイトやコールセンターのアルバイトなどを転々としながら生活する、いわゆるフリーターでした。

私立の大学を卒業して、教員免許もなんとなく取得していましたが、将来の人生設計など全く考えていませんでした。

大学を卒業しさえすれば自分は大人になれると思っていたあの頃、人生の大きな岐路である就職すら真面目に考えていなかったことを本当に後悔しています。

私は大学を卒業して、1番目と2番目に入った会社は正社員としてでした。

ボーナスこそあったものの、1ヶ月の給料は手取り14万程です。

大学を卒業して働き始めたら自分の欲しいものが買え、休みの日には趣味とかできると勝手に思っていた私は、休みの日も仕事のことを考えてゆっくり休めず、且つ自由に使えるお金もほとんどない社会人の生活にすぐに嫌気がさしていました。

それからでしょうか、高時給のアルバイトで毎日働いた方が残業もなく、自分の時間をしっかり確保できるのではないかと考え始めたのです。

具体的にフリーペーパーを手に取り、時給計算しても、アルバイトで当時の月給を上回ることはそう難しくありませんでした。

しかし私は税金や健康保険、年金のことなどを全く考えていなかったことに、フリーターになってから気付き、困窮していくようになったのです。

せっかくフリーターになったんだし、色んな職種を試してみようと思い、アルバイトを転々とする日々が始まりました。

行政が発注する電話での調査やおせち工場でのライン作業、深夜帯のテレビショッピングのコールセンターインバウンドに、映像制作会社での雑務など、色んな仕事をしました。

コールセンターの仕事が1番時給は良かったのですが、深夜帯の仕事で体を壊しそうだなと思うことと、夜働いていると友達と予定を合わせることが出来ずに結局自由になれないなと思い辞めました。

ちょっとぐらい大丈夫だろうと思って使い始めたリボ払いの請求にも息苦しさを覚えてきた頃に、年金すら払えない自分は何をやっているんだろうとみじめな気持ちになり始めていたと思います。

フリーターになったばかりの頃は外食もよく行き、誘われた飲み会は断らないぐらいの感じで外に出ていましたが、その度に話題にあがる友達がちゃんと働いている姿を聞くのが嫌になり始めました。

毎月の支払いが苦しくなってきたこともあり、友達との付き合いを断って家にひきこもりがちになった私は、心身ともに不健康になっていったのです。

友達に会いたくても会えない当時の状況に、フリーターの方がお金を稼げて自由になれると思って会社を辞めた馬鹿な自分のことを責めるようになりました。

返済の半分くらい手数料で取られるリボ払いの分をとにかく返さなきゃということで、職を選ばなくなり、時給の良いスナックで働いたこともあります。

しかし困窮から抜け出すことは出来ずに、結局実家に帰ることにしました。

自分の無知さ無力さに打ちのめされ、大学を卒業させて貰った親への申し訳なさを抱えての里帰りは居心地が悪かったですね。

幸い私は女性なので結婚することで、人生をリセットすることができましたが、自分の子供には同じ失敗をして欲しくないので、しっかりと自分の体験を伝えていきたいと思います。

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